ヤドカリの徒然メモ帳 憑神縁日事変
憑神縁日事変 大花火日比野花火、お社憑き神となった日比野祭里の手によって最初に憑神にされた娘だ。
花火憑き神となった彼女は、祭里の右腕として彼女を守るため彼女の願いを叶えるためという行動理念で行動している。
彼女が打ち上げる花火は、まるで誘蛾灯のように人を引きつける力があるのだ。
その花火は、縁日に遊びに来ていた客たちを加工したもので。
空に煌く花火は、人々の命でもあるのだった。
魂の底まで憑き神となってしまった彼女は、もしかしたらもう人に戻れないのかも知れない。
けれど、それで彼女は満足なのだ。
「いつまでも、お前を守るからね。祭里」
こうやって、愛しい妹の隣にいられるのだから。
「うん、ありがと。大好きだよ」
祭里も頷いて、姉に体重を預けるようにした。
手に持ったイカ焼きをかじって。
その幸せを噛み締めるように微笑む。
「おいしい?」
花火の問に、祭里はうんと頷いた。
よかった、そう花火は笑って自らも昼食を取ることにする。
人でなくなった彼女は、もはや通常の意味での食事を必要としてはいない。
通常の食事をとるのは、嗜好品としての意味合いしかないのだ。
しかし憑き神たちは食事をする。
もちろん普通のものではない。
現に昼食と言って彼女が取り出した、いや連れてきたのは祭りに遊びに来ていた母娘連れだ。
人を操るすべに長けた花火にとって、縁日内の人を自在に動かすなど造作もない事なのだ。
二人は、きょとんとした様子で彼女の前に立っていた。
なぜここにいるのだろう、といった様子だ。
「こんにちは」
花火はにこやかに挨拶した。
「こんにちは!!」
「あら、これはどうも」
二人は、それに答えるように挨拶を返す。
「お祭り、楽しんでくれてる?」
その問に、二人は顔を見合わせて頷いた。
「うん、すっごい楽しいよ!!」
少女の元気な返事に花火は表情をほころばせて手招きした。
「そう、よかった」
呼ばれるままに彼女のもとへやってきた少女をひょいと抱き上げると。
母親の目の前で少女を折りたたむように丸めはじめたのだ。
サバ折りになるようにくの字の曲がったかと思うと肩や足をきれいに揃えてその形を球体へと変えていく。
まるで粘土細工のように姿を変えた少女は、母親の目の前で人の面影を残した歪な球体へと姿を変えた。
「いったっだきまーす」
そして、口を大きく開けると丸く加工した少女を一飲みにしてしまったのだった。
ごくんと飲み下せば、そこにはもはや先ほどの少女の影も形もない。
目の前でそれを見つめていた母親は。
「あら?」
と首をかしげた。
「どうかしたんですか?」
花火の問に、母親はうーんと唸って答える。
「私ったら、いつの間に縁日に来ていたんでしょう?もういい年なのに」
「たまには楽しむのもいいと思いますよ?」
そう言って微笑みながら近づいた彼女は、娘と同じように母親も丸く加工していく。
「んーでも、今はいいかな?」
きょとんとした表情のまま球体となった母親の前で小さく首をかしげた。
そしてそのまま、まるでおにぎりでも握るかのように両手に力を込めてぎゅっぎゅっと握っていく。
みるみるその球体は小さくなっていき、手のひらにすっぽりと納まるようなサイズになってしまう。
彼女はそれを腰のベルトから下がる小さな皮のベルトに入れると、美味しそうにイカ焼きを頬張る祭里に向き直った。
祭里はイカ焼きをかじりながら、呆れ混じりに彼女の腰を指さした。
ズボンに巻かれたベルトからぶら下がる、たくさんの小さなベルト。
そのひとつひとつに、加工された人々がぶら下がっているのだ。
「お姉ちゃん食べ過ぎだよー。ふとるよー」
祭里の指摘に、彼女はエヘヘと頬をかいた。
「うーん、でもお腹すいちゃうんだよねぇ」
言うやいなや、ベルトの一つから取り出した球体をポイっと口の放りこむ。
「うーん、おいしい」
うっとりした表情で言う彼女に、祭里は呆れてイカ焼きをかじるのだった。
憑き神は、人を喰う。
頭からバリバリというスプラッター的な食べ方ではない。
人を、その魂を自らの魔力によって犯し、食らうのだ。
言ってしまえばそれは、人としてのあり方を侵略するということ。
食われた人間は憑き神の一部となり、新たな憑き神となってしまう。
故に彼らはこの世に存在してはならないものとして狙われるのだ。
いつものように花火と手をつないで縁日を回っていた祭里は、ふとした違和感に気がついた。
いつもよりも、花火の体が熱っぽかったのだ。
不思議に思ってその顔を覗き込んでみれば、どことなく火照っているように見える。
「お姉ちゃん、風邪?」
心配そうな祭里の言葉に、花火はうーんと首をかしげる。
「なんだろ、少し。体がだるいかな」
どことなくポーッとした様子でそう返す。
その様子は確かに風邪のようではある。
しかし、憑き神が風邪をひくのだろうか。
「きっと、すぐ治るよ」
そういった直後だ、ふらっと足がもつれたように彼女は倒れてしまう。
「お姉ちゃん!!」
悲鳴を上げて寄り添う彼女のもとに浴衣が訪れ、即興でたんかを創り上げて本殿に運んだのはすぐのことだ。
布団に寝かせて、隣でオロオロするばかりの祭里に様子を見終えた浴衣が告げた。
「別に心配はないさね」
その一言にほっと胸を撫で下ろした祭里は、浴衣に尋ねる。
「風邪ですか?」
「いいや、憑き神が風邪を引いただなんて話は古今東西聞いたことがないさね」
「じゃあ、いったい……」
答える前に浴衣は花火の隣りに座った。
そして目を覚ましていた花火に尋ねる。
「花火、あんたどれくらい人を喰った?」
花火は、ウーン?と首をかしげた。
「食ったパンの数なんて覚えてないって顔だね?」
その指摘に、花火は照れくさそうに頬をかいた。
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